ライト・ヴァース

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	`日本のライト・ヴァース`
	詩人たちがちんみょうなお皿にきてれつなスプーンでもる宇宙のお味…軽妙な詩心、平明なことば、何回な装画でおくる名詩傑作選
*`1`*	煖爐棚上陳列品一覧
	`編=谷川俊太郎　絵=長新太`
*`2`*	動物園の珍しい動物
	`編=金関寿夫　絵=元永定正`
*`3`*	いどの中
	`編=岸田今日子　絵=和田誠`
*`4`*	とひとひ　雨あがり
	`編=浜田義一郎　絵=久里洋二`

	`世界のライト・ヴァース`
	軽やかに踊れども嬉しげに踊れども…万やむをえずいともにこやかに悪態をつく─地球という星をどこか奇妙な詩作からのぞいて見るアンソロジー
*`1`*	ゆうべ女房をころしてしもうた
	`英吉利・亜米利加篇`　`編訳=柳瀬尚紀　絵=古川タク`
*`2`*	なげきぶし風の墓碑銘
	`仏蘭西篇`　`編訳=窪田般彌　絵=藤富保男`
*`3`*	魔女様御優待乗車賃無料
	`独逸篇`　`編訳=池内紀　絵=高岸昇`
*`4`*	太陽の半分と月の全部と
	`地中海諸国篇`　`編訳=藤井昇・桑名一博・米川良夫・池澤夏樹　絵=森本清彦`
*`5`*	神様も大あくび
	`萬国篇`　`編=谷川俊太郎・渡邊一考　絵=武内博洲`

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谷川俊太郎──本書あとがきより

酸素欠乏症ぎみの現代詩にさわやかな空気を

「日本のライト・ヴァース」と題して瀟洒な四冊本がまとまった。かりにこれが一冊きりで終っていたら、詩人の道楽にすぎなかっただろう。しかし、このようにまとまってくると、まるきりちがった意味合いをおびてくる。さりげなく自己主張をはじめるかのようである。それも「自己主張」などといった、こわばった言葉とはおよそ遠いところで、たのしく、軽妙に、由緒正しい日本語で、詩について考えさせてくれる。（…）ためしに一つ、谷川編より借りて読んでみよう。「婚約」と題された辻征夫の一編である。

　鼻と鼻が
　こんなに近くにあって
　（こうなるともう
　しあわせなんてものじゃないんだなあ）
　きみの吐く息をわたしが吸い
　わたしの吐く息をきみが
　吸っていたら
　わたしたち
　とおからず
　死んでしまうのじゃないだろうか
　さわやかな五月の
　窓辺で
　酸素欠乏症で

　編者は変われ、このライト・ヴァース選集は、読者に対する遠近法といったものにおいて一貫しているようである。それはまた、ここに収められた詩人たちが、言葉に対してとっている遠近法とも通じるものにちがいない。ひとことで言えば、へだたりだろう。直接的な意味とのへだたり、直接的なパトスとのへだたり、直接的な抒情性とのへだたりであり、これらの精妙なへだたりのなかに、ようやく自由さが確保される。意味の自由さとパトスの自由さ、さらには抒情の自由さが実現する。そして、新鮮な価値判断が生じるのもまた、この自由さにおいてである。一般に悲劇的とみなされているものが、ここではもはや悲壮には歌われない。それはしばしば、滑稽なものとして──と何時に、滑稽であればあるほと、ますよす悲壮に語られもする（…）
「日本のライト・ヴァース」が片カナの借用にせまられたのは偶然ではないのかもしれない。われわれはとりわけ現代詩において、ものものしく肩肘はった抒情家や、これみよがしなパトスの愛好家たちと、「鼻と鼻」とを近づけあってこなかったであろうか。そのほかの「軽い詩人」たちには洟もひっかけず、「軽い詩」をよぶべき名前をもたないのではなかろうか。
　なるほど、現代詩の建物にとってライト・ヴァースは、ささやかな窓にすぎないかもしれない。だが、これは天窓である。ポツカ…とあいて、はるかな青空に通じており、いささか「酸素欠乏症」ぎみの現代詩にさわやかな空気を送りこむにちがいない。

（「朝日ジャーナル」1982/2/19より）

「軽み」や「笑い」の詩ライト・パースの世界

　叙情詩が主流を占める日本近代詩のなかで、すみっこへ押しやられていた「軽み」や「笑い」の詩ライト・パース（light verse）が見直され、選集まで出はじめた。この「ライト・パース」、まだ日本語の定訳がない。近ごろ流行のパロディーやノンセンス詩から民衆に親しまれた童謡詩、フォークソング、聴衆の前で語られ朗読される詩、人間関係の機微をついたユーモアのある詩まで。ことば遊び歌、ざれ歌も入る。（…）
　三年ほと前から、日本の詩の雑誌でもライト・パース特集が組まれ始めた。八○年秋には新倉俊一『ノンセンスの磁場』（れんが書房新社）が出現。日本近代詩の流れにライト・パースの系譜を探る実験として注目された。つづいて『日本のライト・ヴァース』全四冊。
「おもしろい。日本の詩のこういう選集は初めて。…すこし元気が出てくる」と、ある店員さん。「詩という言葉の重みが取り除かれたようです」（学生）、「十といわず二十ぐらい出してほしい」（大学院生）、「少女のようにほのぼのとたのしくなる」（六十六歳の喫茶店主）など評判がいい。（…）
“一億一心”の時代には「多義的なことばイコール相対的な考え方」は切り捨てられた。「笑いのことばは二重構造」（『武器としての笑い』）と飯沢匡氏も指摘している。戦後詩からの脱皮期に姿を現したライト・パース。再評価の波はどんな実りをもたらすだろうか。

（「朝日新聞」1981/9/6より）

言葉が軽い時代のライト・ヴァース・シリーズ

　書肆山田が刊行していたライト・ヴァース・シリーズが一月末の谷川俊太郎・渡辺一考編『神様も大あくび』で完結となった。日本のライト・ヴァースが四冊、世界のライト・ヴァースが五冊、合計九冊。ライト・ヴァースとは何ぞや、となると、なにしろわが国ではよだ定着していない概念だから、なかなか一口にはいえない。ライト・ヴァースと英語でいわれるからには、当然のことながらイギリス発祥の概念であって、ぴったり当てはまる日本語がないのは致し方ない。文字どおり訳せば“軽い詩”だけれど、なんだかピンとこない。（…）すこしおかしくて、すこし残酷で、ようするにライト・ヴァースはシリアスな詩の反対槻念なのであり、大ざっばにいってしまえば、俳句に対する川柳といってよかろう。丸谷才一は、ライト・ヴァースは、伝統ある文化を持つ共同体の中でしか発展しえない、という意味のことをいっているが、たしかにそのとおりで、話をわが国に限れば、現代詩よりも古い詩にライト・ヴァース的なものが多いのは、歴史的、伝統的にみてやむをえないのである。伝統的文化を持つ共同体なるものの存在が、よかれあしかれ、希薄化ないし拡散極小化しつつある現代、ライト・ヴァースに挑む作業じたい、多くの矛盾をはらんでいるわけあいなのである。（…）そして、谷川俊太郎のいうように現実の重力をオモリと感ずるには、たぶん、したたかな知性としなやかなユーモア精神が不可欠なはずである。ライト・ヴァースの書きにくい時代ではあるけれど、だからこそかえって書きがいがあるのだといえなくもない。

（「朝日ジャーナル」1983/2/25より）