二つの言語で書くベケットはまた、寒々とした生の現実を不可思議なおかしみとして描く。自身の内部に響いている幾つもの声・思考の呟きを聞く。
かあさん、
あなたが消えてゆく
長い長い窓のない廊下をカタカタカタカタゆくのです
☆
だれをまっているの
ああ、かあさん、あなたに会わせたかった人です
ゲリラ戦を闘うチェ・ゲバラは、夜になると兵士たちにネルーダの詩を読んでやるのをつねとしていた…
お前たちの死せる口を通じて語ろうとわたしはやってきた
地上に散在する
ありとあらゆる黙した唇を集めるのだ
わたしの血管と口に来い
わたしの言葉と血を通して さあ話すのだ
――山頂に登り、アメリカ大陸の過去を生きた人々、未来を生きる人々の声に耳を傾ける。
未来が眼前の深淵と化した日から、
新たな人間として、跛の足で歩き出す老人。
稼動中の生命の分解作用を見据えながら、
生の終盤戦に没頭する。
危ないじゃないか!
生れ落ちて、空のてっぺんから墜落して
そろりそろりとこの坂を下っているんだから
そんなに急ぐなよ
いつか空を飛ぶかもしれないんだから
倉田比羽子
骸骨、骸骨…。穴ではない、それは瞳。私たちは見つめられている。穴ではない、それは口。かつて声を発し言葉を紡いだ舌。そこから風の音を聞いた。山崎佳代子
骸骨先生は、そうして、このろくでもない世界のろく粕谷栄市
読者の皆さまへ
「るしおる」64号をお届けいたします。
〈るしおる〉lucioleは、小さな蛍です。微かな光ではあれ、暗い地平を迷い行く光を発します。行く手を探りつつ、詩と文学と思考の根幹にじかにそっと手を触れたい、その枝先葉先からしたたる雫を掌に受けたい、と希っています。
これからもそうありたい、と希っています。
〈るしおる〉は今号を以ってしばらく翅をたたみ、新たな飛行に備える模索の季節に入ります。
長い間のご購読とご支持に深く感謝いたします。
これからの試みに対しても変らぬご支援をお願い申し上げます。
二〇〇七年五月 書肆山田「るしおる」編集部
風。あなたに触り、
そのあとわたしに触れていった。
天空に突き入る鳥に、
そして地面にたよりなく踏ん張る木に。
それから…生傷のような雲を吹きやり、
光のなかのこどもとまろび遊び、
ひとり歩むわたしのかたわらを行くだろう。
幾日も、日々の時間を見ていた。
ためらって
それから
ゆっくりと言葉をかさねる。
幾度も目をしばたたき
たしかめたいと思う……
光? みている。
時空の縁が顫え、束の間、出現する光景。
――わたしは無の者。
あるいは、転成をつらぬく生の意志を負う者。
槐の花があんなに咲いている。
山椒の種がぱらぱらとはじける。
パッパッと唐辛子の実が飛ぶ。
時が
時が
こんなに降ってくる。